TAMA市民塾 第三回 〔その壱〕
- ゆうこ のはら
- 7月30日
- 読了時間: 4分
更新日:8月1日
第三回講座開催は連休明けの2026年05月07日。
前回終わりに、府中駅のカフェにて有志でお茶会を開催し、わがふるさと熊本県は熊本城の話題が出て。

「熊本城と言えば加藤清正公」
「呼び捨てにはしない、できない地元の英雄」
「九州新幹線新八代~鹿児島中央開通時、JR九州が記念に熊本駅に西郷隆盛のキャラ絵
ディスプレイを企画したら、思わぬ県民の猛反対を喰らって実現しなかったエピソード(西南戦争でお城の天主が焼け落ちたので県下でせごどんは仇敵扱いなのです)」
などを話していて…
「そういえば清正公は虎退治とか勇壮なイメージがあるけど、実は意外と部下思いで
やさしくて、しかも夢占いを信じる乙女なところもあるギャップ男子なんですよ~」
とお話ししたところ、女性受講者のみなさまが興味を持たれたので、
「次回実例ご紹介しますね」と約束して持ってきたのがこれです。

……まあこれは、かな多しとはいえ時代が400年以上さかのぼるし、商業出版物ではなくて
個人の手紙なので古文書としてはハイレベルの難読案件。わたしも初見では到底読み解けないと思います。いちおう本の中に読み解きあるのでそれを下記に転載します(一部編集)。
読み解き: 一(ひとつ)ゆめの事かきつけ進之候(これしんぜそうろう)/三十ばんじん(三十番神。三十柱の法華経の守護神)へ御きねん(祈念)あるべき事/一(ひとつ)大かう(太閤=秀吉)さま御座候所御きげんよく見申候事/一(ひとつ)ぢんだち(陣立ち)のていニて見申候事/一(ひとつ)人のたか(鷹)かわへかぜにふきおと/され候を我等とりあげすへ候て/まいり候 を大かうさま御ざ所より/御らん候てひまありかほニてたか/すへきたり候やうニ御意之様見/申候間我々とりあへず申上候ハ人のたか/かわに入申候てなんぎいたし候を/あまりいたわしき(※)にとりあげ/かんひやう(看病)いたし候ハんと存候てすへ申候/よし申上候かとおぼへ申候そのほか/はて申たるほうはい(朋輩≒仲間)も一両人見申候/やうニおぼへ候ヘ共何(いずれ)も出陣之て(い→出陣の体、でい脱字?)ニて見申候 以上/八月廿五(25)日/本妙寺 清正
※上記の本では「さ」と読んでいますが、文脈的に「き(幾)」と読みました。
大意: ひとつ、での改行区切りは箇条書きの際の約束事。一、(気になる)夢をみたので、そのことを書きつけ進呈します。(凶事につながらないよう)三十番神に祈念願います。一、太閤殿下がいらして、ご機嫌よく見えました。一、出陣の状況に思えました。一、誰かの鷹(当時は鷹狩りがさかんで、名のある武将は愛鷹を持つことが多かった)が風で川に吹き落されたのを、我らで助けて安全な場所に置いたんですが、それを太閤殿下が御座所からご覧になり、けげんな顔をされて「鷹なぞ放っておけ」といったご様子であったので、とりあえず釈明して「誰かの鷹が川に落ちて難儀しているのを、あまりかわいそうなので拾い上げて看病してやろうと思って救助しました」と、そのいきさつを申し上げたように思います。私のほかにもそのような釈明をした仲間が二人ほどいたように思います。みな出陣の身支度をしていました。以上です。
非常にプライベートな内容なので、祐筆(お抱えの手紙書く係の人)の代筆ではなく清正公ご自身の直筆であるとされています。本のなかの説明では、同じように夢の内容を記した手紙が本妙寺(熊本での清正公の菩提寺)に他にも複数残されているとのこと。
平易な文章のなかに、やさしさや繊細・慎重な性格を感じます。
とりわけ「あまりいたわしきに」というあたり、動物に対するまなざしが暖かくて尊い。
あと、鷹を「看病」といういいまわしがなんだかおかしいし、大変おもしろい。



というわけで、ここまでは前置き。次回分で本編に突入します☆



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